現代社会での生神女庇護の意義
2021年10月のメッセージ
司祭グリゴリイ水野 宏
9月11日、2001年のアメリカ同時多発テロ事件(いわゆる911)から20年となりました。
911後、米国は「テロとの戦い」を標榜してアフガニスタンとイラクに侵攻しました。しかし20年かけてもタリバンを打倒できず、ついに米軍はアフガニスタンから撤退。後には多くの死者と大混乱だけが残りました。つまり、世界最強を誇るはずの米軍も平和を実現することはできなかったのです。
ニューヨークの世界貿易センター(WTC)の隣には、1916年建立のギリシャ正教会・聖ニコラス聖堂がありましたが、テロで倒壊したWTCもろとも瓦礫の山となりました。現在、跡地の「グラウンド・ゼロ」では新聖堂が建設中で、今年の9月11日に竣工は間に合わなかったものの、テロの犠牲者2977人のために彼らの宗教を超えて、正教会による追悼の祈りが捧げられました。もちろん、これは故人の鎮魂だけではなく、世界平和の実現を祈るものでもあります。
さて、10月14日(ユリウス暦の10月1日)は正教会独自の祭日、生神女庇護祭(しょうしんじょひごさい)です。
10世紀、コンスタンチノープルにイスラム軍が迫り、ビザンチン帝国が存亡の危機に瀕した時、市内のヴラヘルネにある生神女(イエスの母マリヤ)を記念した聖堂に人々が集まり、敵の撤退と平和の回復を祈り続けていました。そこに生神女が多くの聖人を引き連れて現れ、人々をオモフォル(肩衣)で覆うという奇蹟が起きました。この出来事に勇気づけられたビザンチン軍はイスラム軍の撃退に成功しました。これを記念する祭日が生神女庇護祭です。
ちなみに人吉ハリストス正教会は生神女庇護を記念した聖堂で、左のイコンは人吉教会のイコノスタシスに掲げられているものです。
誤解してはならないのは、この奇蹟の意義はキリスト教徒が異教徒を戦争で破ったことの祝賀ではないということです。むしろどんな困難に遭っても信仰ある者が心から祈るならば、既に天にいる生神女や他の聖人たちも共に祈って神に取り次いでくれる。それを通して、何よりも強い神が守ってくれるという意味です。つまり優先順位として、何かの問題においてどうやって自分が相手を負けさせるか、小手先のことを考えるよりも、自分自身が堅固でいられるように神の守りを心から祈った上で、自分が本当になすべきことを行う方がより良い解決に繋がるということです。
さすがに私たちが砲火を交える戦闘に加わることはないとしても、利害関係の複雑化した現代社会において人間同士の争いごとは避けられません。その中でも私たち正教会では、生神女庇護の奇蹟に示された聖人たちの取り次ぎと神の庇護を信じ、心を確かにして正しい道を歩むことが求められています。