正教会とは

アヤソフィア大聖堂 イコン キリスト

  今から二千年ほど前、西アジアのパレスチナ地方でキリスト教は産声を上げました。この教会はナザレのイエスの弟子たちが説いた教えを信じ、洗礼を受けるに至った人々の集まりが母体となっています。そしてこの教えとは、イエスこそが従来の信仰において預言されてきた救世主であり、十字架上の死を経て三日目に復活したという「喜ばしき知らせ」(福音)でした。
  その後、ローマ帝国内で激しい迫害に遭いながらも、4世紀に当時のコンスタンティヌス帝がキリスト教を正式に容認しました(ミラノ勅令)。皇帝は325年、ニケヤで第一全地公会を招集し、基本となる信仰箇条「ニケヤ信経」が制定されました。この全地公会は七回にわたって開かれ、それらにおいて正統とされた教義を継承する教会が、ローマ帝国の国教として拡大しました。これが今日の「正教会(Orthodox Church)」です。
  11世紀、西方ローマの教会と正教会が、様々な考え方の違いを理由に分裂しました。この西方の教会は一般に「ローマ・カトリック教会」と呼ばれています。
  16世紀、ローマ・カトリック教会の方針に反対する人々によって、ドイツなどで新たな教会を創立する動きが起こりました。この「宗教改革」以後に誕生した教会は「プロテスタント教会」と総称されます。
  このような経緯で、ローマ・カトリック教会やプロテスタント教会は西ヨーロッパを中心に伝播した一方、正教会は中近東からギリシャ、バルカン半島といった東ヨーロッパ地域にかけて定着しました。とりわけ、キュリロスとメトディオス兄弟の功績は大きく、9世紀にスラブ人への布教に成功。その結果、現在では全世界の正教徒2億数千万人のうち、ロシア人を筆頭として約7割にも及ぶ信徒がスラブ系民族で占められています。
  正教会、ローマ・カトリック教会、プロテスタント教会の三つは「キリスト教三大教派」として知られますが、これらは初めから存在していたわけではなく、歴史の流れの中で生じたものであり、以上の経緯から正教会は最も伝統的な教会と言えましょう。

(日本正教会公式パンフレットより転載)

東京復活大聖堂(ニコライ堂)

日本正教会の歴史

  日本に正教会が伝えられたのは19世紀後半です。文久元年(1861)、幕末の開国に伴い、ロシア人修道司祭ニコライが函館に来ました。ニコライが最初に建てた教会は後の函館ハリストス正教会として広く知られています。
 新政府発足後の明治5年(1872)、ニコライは本拠地を函館から東京・神田駿河台に移転。日本人の門弟を養成し、全国的な布教を開始しました。
  明治13年(1880)、ニコライは教会の司牧を担う主教(後に大主教)に叙聖され、明治24年(1891)、当時の東京で最大規模を誇った建造物「復活大聖堂」を建立。ニコライの名にちなみ、「ニコライ堂」の愛称で一躍名所となりました。こうした努力が実を結び、明治45年(1912)2月、ニコライ大主教が永眠した時には、全国の信徒数は3万3千人を超えるまでに拡大しました。
  ニコライ大主教の遺志は、同胞のセルギイ府主教が引き継ぎましたが、ロシア革命の勃発や、関東大震災によるニコライ堂の損壊(現ニコライ堂は昭和4年に修築)など、日本正教会は幾多の困難に見舞われました。昭和になってからは、戦時下のキリスト教会として迫害を受け、セルギイ府主教も終戦直前の昭和20年(1945)8月、不遇のうちに永眠しました。
  第二次大戦後は米ソ冷戦の影響で、ソ連ではなくアメリカから主教を迎えて運営することになりました。
  昭和45年(1970)4月、モスクワ総主教庁から自治教会としての地位が承認され、悲願だった日本人主導の教会運営が実現。米国人府主教の後任にフェオドシイ永島新二府主教が着座し、後に平成10年(1998)のニコライ堂「平成の大修復」を成し遂げました。
  フェオドシイ府主教はその翌年、志半ばで永眠しましたが、平成12年(2000)5月にダニイル主代郁夫府主教が着座。仙台のセラフィム辻永昇大主教と共に、日本正教会は新しい時代を歩んでいます。

(日本正教会公式パンフレットより一部転載)

司祭 水野宏

管轄司祭 グリゴリイ水野 宏

1986年、早稲田大学政治経済学部を卒業。大手生命保険に入社。
1989年、新婚旅行先のギリシャで正教会と出会う。
1995年、横浜ハリストス正教会でカトリックから正教会に改宗。
  勤務先で営業所長や地方支社スタッフとして各地を転勤。それに伴い、横浜、苫小牧、東京・ニコライ堂、修善寺の各教会で奉仕。
2005年、19年間勤めた勤務先を退職、東京正教神学院に入学。
2007年10月、輔祭叙聖。
2008年7月、東京正教神学院を卒業、ニコライ堂に勤務。
2009年3月、司祭叙聖。ニコライ堂に加え、手賀(千葉県柏市)、修善寺、柏久保(ともに静岡県伊豆市)、静岡の各教会を兼務。
2010年8月、横浜ハリストス正教会管轄司祭に異動。
2019年10月、九州管区管轄司祭に異動。熊本県人吉市に転居。
東京都杉並区出身。子ども4人は独立、妻と二人暮らし。
著書 『新装版 初めて知る東方正教会』(KeyNoters文庫)